■皮膚病は治りにくい |
皮膚病は、犬の病気のなかで最も多い病気です。心臓、肝臓、腎臓などのように、皮膚も1つの臓器と考えれば、皮膚こそ最大の臓器です。また、体のなかの異常を皮膚が反映することから、皮膚は「臓器の鏡」とも言われます。
皮膚病の特徴の1つは、なかなか治らないケースが多いことです。たしかに、皮膚病が直接命を脅かすことは少ないかもしれません。しかし、あるタイプの皮膚病は、1度かかると慢性化しやすく、犬も辛い思いをするし、世話をする飼い主も大変なことがあります。ほかのすべての病気と同様、皮膚病も早期発見・早期治療が大切です。
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■主要な症状はかゆみ |
皮膚病の症状で飼い主が最も気づきやすいのは、犬がかゆがることです。皮膚病にかかっている犬の約50%は、かゆみの症状を伴うと言われます。かゆみの症状があれば、まず皮膚病が疑われますから、犬を動物病院に連れてくる人が多いのですが、この時、犬がどういうかゆがり方をしていたかを獣医師に報告できれば、診断の助けになります。犬がかゆがる時、一般に4つの動作をします。「嘗める」「咬む」「吸う」「引っかく」です。ただ「かゆがっている」だけではなく、たとえば「脚を嘗めていた」とか、「耳を引っかいていた」というふうに説明できるほうがいいわけです。
かゆがる時間帯や時期に関する情報も重要です。たとえば、夜にかゆがれば、アトピー性皮膚炎が疑われます。また、暖かい時期に主として尻尾の部分をかゆがれば、ノミアレルギーの可能性が大きいでしょう。そして、このような時間的な特徴が認められなければ、アレルギー以外の原因が考えられます。 |
■腫瘍に要注意 |
犬が夜中だけかゆがっている場合、飼い主が気づかないことがあります。しかし、歯の間に毛がはさまっていたり、糞便に毛が混じっていれば、犬がかゆがっていることが考えられます。また、皮膚が赤くなっている、すなわち紅斑が認められれば、犬がその部分をかゆがっている可能性があります。
出来物は、特に犬が高齢の場合、腫瘍の疑いもあります。良性腫瘍であれば治療できますが、悪性腫瘍の場合は進行の程度により、治療が難しくなりますので注意が必要です。特に長毛種の犬の場合、皮膚に紅斑や出来物などの異常があっても、外からは見つからないこともあります。異常を早く発見するため、定期的なブラッシングの時などに、皮膚をチェックするようにしましょう。 |
■かゆがる原因 |
動物がかゆがっている時、獣医師はまずノミやダニなどの寄生虫感染を疑います。次いで、細菌感染、カビによる感染、アレルギーを疑います。原因を突き止めるには、通常、かゆがっている部分の皮膚の一部をとり、顕微鏡で調べる検査方法を利用します。この検査により、寄生虫が見つかれば寄生虫感染、細菌が見つかれば細菌感染、カビが見つかればカビ感染がかゆみの原因であることが分かります。カビの場合は、すぐに判断することが難しく、培養が必要になり、数日後に診断されることが多いと思います。これらの検査を何度か繰り返して行い、寄生虫、細菌、カビがどれも見つからない場合は、アレルギーが疑われます。
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■かゆみ悪化の原因 |
もちろん、皮膚病の原因を見つけ、根本的な治療を行うことは大切ですが、それと同時に、症状をできるだけやわらげる工夫も重要です。そこで、皮膚病の主要な症状であるかゆみを軽減する方法について、お話ししたいと思いますが、それにはかゆみが悪化する原因を知る必要があります。
かゆみが悪化する大きな原因は、4つあります。1番目は「皮膚が乾燥していること」です。2番目は「環境の温度が高く乾燥していること」、3番目は「生活に変化がなく、犬が退屈していること」、4番目は「ストレスのために不安定な状態にあること」です。多くの場合、これらの原因のいくつかが絡み合って、かゆみが悪化すると考えられます。
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■高温と乾燥を防ぐ |
前述のように、かゆがっている犬の皮膚が乾燥状態になると、症状が悪化します。皮膚の乾燥を防ぐ方法として、週に2〜3回、皮膚にベビーオイルを軽く塗ることをお勧めします。多量に塗ると皮膚がベタベタし、オイルが浸潤しますので、塗る量に気を付けてください。また、ベビーオイルを水で溶かし、1日に1度くらい、体全体に軽く霧吹きで吹きかけてもよいでしょう。
環境の温度が高い場合も、かゆみが悪化しますので、それを防ぐために、犬の住環境を涼しくする必要があります。犬を室内で飼っている場合、特に蒸し暑い時はクーラーをかけるなどして、温度を下げます。室外の場合は、風通しのいい涼しい場所に、犬を移します。また、空気が乾燥している場合は、室内においては加湿器などを利用します。室外では、犬のいる周辺に水をまき、湿度を上げるようにするとよいでしょう。
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■ストレスを避ける |
犬が退屈していたり、ストレスや不安定な状態にある場合、原因はいくつか考えられるでしょう。たとえば、犬のいる環境が安全でなかったり(騒々しかったり、落ち着かない場所)、あるいは医学上の問題やしつけ上の問題なども考えられます。犬が心理的に不安定な状態にあると思われる時は、犬の生活環境全体を見直し、環境を改善する必要があるかもしれません。また、何か病気にかかっている可能性もありますので、犬の状態を観察し、おかしいと思われることがあれば、動物病院に連れていきましょう。
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■脱毛も多い症状 |
皮膚病の症状として、かゆみに次いで多く見られるのは脱毛です。病的な脱毛を「脱毛症」と呼びますが、脱毛症の特徴的な症状は2つあります。
1つは、ある部分の毛の数が減少する状態で、もう1つは、毛の長さが正常より短くなる状態です。しかし、毛の長さが短くなる症状については、注意が必要です。なぜなら、体の部分によって毛の長さが違う犬種もあるからです。たとえば、シェットランド・シープドッグは、首の周辺や胸などの毛は長く、背中や顔の毛は短いのが正常です。ですから、愛犬の正常時の毛の状態を観察しておくことが大切です。
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■脱毛にはなかなか気づかない |
犬は全身に毛が生えていますから、少しくらいの脱毛があっても、気がつかないことがあります。また、脱毛は通常ゆっくり進行します。そのため、約30%の毛が抜けてはじめて、脱毛に気づくことが多いようです。ということは、気がついた時は、すでに30%以上の毛が抜けていることになります。体のなかの病気が原因で起こる脱毛症もありますから、やはり早く発見することが大切です。
脱毛症には、先天性のものと後天性のものがありますが、ほとんどは後天性の脱毛症です。後天性の場合は、原因が分かれば、いろいろな治療が可能になることもあります。また、脱毛症は外傷性と非外傷性に分けることもできます。外傷性とは、咬む、嘗める、こするなどの動作によって、毛が抜けることです。非外傷性の脱毛は、外から力を加えないのに、自然に毛が抜けてしまうものです。また、脱毛が体の左右対称の部位に起こる場合(両側性 )と、片側だけに起こる場合(片側性)があります。両側性の脱毛症が見られる場合、ホルモンのアンバランスが原因として考えられます。特にあまりかゆがらない場合は、ホルモン関係の病気であることがより強く疑われます。 |
■高齢犬に多い甲状腺機能低下症 |
左右対称性の脱毛症を伴う病気には、まず甲状腺機能低下症があります。高齢犬によく見られ、犬の内分泌性皮膚病のなかでは最も多いものです。背中の部分が左右対称に脱毛するのが、典型的な症状です。そして、毛の光沢がなくなり、みすぼらしくなります。尻尾の毛がなくなる症状も見られます。ネズミの尻尾のようになることから、この症状は「ラットテール」と呼ばれます。
犬種ではドーベルマンに特に多く、4歳以上のドーベルマンの50%はこの病気にかかっていると言われています。その他の犬種でも、12〜13歳以上の犬の70〜80%はこの病気に関係しているとも言われます。
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■副腎に関係する皮膚病 |
副腎皮質機能亢進症は、頭部と四肢の毛は残りますが、腹部と背中の毛は対称的に脱毛します。
皮膚が薄くなり、弾力性に乏しくなって、最終的には皮膚が黒ずんできて(色素沈着)、腹部の皮膚に結石(石灰沈着
)などができます。また多くの場合、多飲多尿の症状が見られます。
犬種では、プードル、ブルドッグ、ポメラニアンなどに多いようです。セルトリー性細菌腫という病気の場合、多くは腹部、胸部、大腿部が左右対称的に
脱毛します。
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■去勢していないオスに起こりやすい皮膚病 |
この病気は、去勢していないオスで、陰睾丸や片睾丸の高齢の犬に多く発症します。陰嚢に下りてこなかった睾丸がお腹の中で腫瘍化し、お腹の皮膚が黒ずんできます。これは、腫瘍化した睾丸から出される異常なホルモンのために起こるものです。そして、オスなのに乳房が大きくなって女性化する症状が見られます。治療法は去勢することです。発見が遅れると、腫瘍が肺などの転移することがありますので、注意が必要です。
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■その他のホルモン障害 |
メス犬が女性ホルモン(エストロゲン)の過剰症のために、左右対称の脱毛症を起こすことがあります。この場合、皮膚に色素沈着が見られ、乳房が大きくなり、外陰部も肥大します。原因はホルモンのアンバランスですから、通常は避妊手術をすれば治ります。成長ホルモン反応性の皮膚病でも、左右対称性の脱毛が起こります。これはポメラニアンの若い犬に多く見られます。
脱毛は通常、頸から始まり、頭と四肢を除いて、左右対称に脱毛します。多くの場合、特殊な成長ホルモンを投与すると、一時的によくなります。しかし、 その治療法による完治はあまり期待できず、副作用の心配もあります。通常は、去勢手術をし、半年間くらい様子を見ることになります。
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■抜毛検査 |
前述のように、犬の脱毛はかなりの毛が抜けないかぎり、発見が難しいことがあります。そこで、脱毛症を発見する検査法を覚えておくと役に立つでしょう。まず抜毛検査という方法があります。これは、毛を抜く時の容易さを判定するものです。犬の毛をつまんで抜こうとすると、正常であれば痛いはずですから、何らかの反応を示します。しかし、犬が痛がらず、毛が軽くすっと抜ける場合は、脱毛症を疑うことができます。
獣医師が行う有効な検査として、抜いた毛の根元を顕微鏡で調べる検査があります。もし毛が途中で切れていれば、動物が自分で引っかくなどして切れた毛であることや、根元が丸まっていれば毛が成長しない休止期にあることなどが分かり、いろいろと脱毛の原因の鑑定に役立ちます。 |
■便も調べよう |
便のなかに毛がどのくらい混じっているかを調べる方法も効果的です。動物はよく自分の毛を嘗めますから、便のなかに多少の毛が混じっているのが普通です。しかし、通常より多くの毛が混じっている場合は、どこかに脱毛症状があり、その毛を動物が嘗めていることが考えられます。
ただし、動物の嘗めた毛が胃腸管に詰まることもあります。その場合、便のなかに多くの毛が混じることはありません。ですから、便のなかに毛があまり混じっていなくても、犬が毛を嘗めて抜いている可能性はあります。歯の検査も有効です。犬は毛を嘗めるので、歯の間に毛がはさまることがあるから です。歯の間に毛がいっぱいはさまっていれば、犬が毛を嘗めている証拠になります。エリザベスカラー(首につける幅の広いカラー)を利用する検査法もあります。犬は飼い主の見ていない時に、毛を嘗めて抜くことがあります。エリザベスカラーをつければ、毛を嘗めることができません。そこで、エリザベスカラーをつけれも、脱毛が認められれば、毛が自然に抜けていることが分かります。 |
■生検が最も有効 |
特に脱毛の原因がカビであることが疑われる場合、紫外線ランプ(ウッドランプ)による検査を行うことがあります。紫外線ランプを当てることによって、ある種のカビかどうかを推定する検査です。カビの検査としては、皮膚の毛の一部をとって、培養検査を行うのが、時間がかかりますが、最も確実な方法です。
脱毛やかゆみの原因を調べる場合、最もよい方法は生検(バイオプシー)です。これは皮膚の一部をとって、病理検査を行うものです。いろいろな検査を行っても、原因が判明しない場合、最終的には生検が必要となり、この検査は非常に有力な方法です。 |
■飼い主の協力が大切 |
皮膚病の治療法は一定ではありません。獣医師は身体検査のほかにいろいろな検査をし、考えられる原因のリストをつくって、最も可能性の高いと思われる病因を推定し、治療を進めます。皮膚病を予防したり、治療を効果的に進めるには、飼い主の協力が非常に重要です。皮膚病は飼い主とともに治療する病気だということを、よく理解していただきたいと思います。 |