■去勢・避妊について無頓着にならないように |
子どもを産まれないようにすること、すなわちオスの去勢手術・メスの避妊手術について考えるのは、非常に大切なことです。最近は、それらの手術が必要であると考える人がだいぶん増えてきたようですが、やはりまだ抵抗を感じる人もいるようです。また、とても残念なことですが、去勢・避妊についてまったく無頓着な人がいることも否定できません。
より良い獣医師は、犬に子どもを産ませる予定がない場合(あるいは、必要な子どもを産ませ、その後は産ませる予定がない場合)、積極的に去勢・避妊手術を勧めています。今回は、去勢・避妊手術について、最新の情報も含めてお話ししましょう。 |
■手術によって多くの病気が予防できる |
オスの去勢手術は、睾丸を取ってしまう方法で行います。これは人間で行われるパイプカットとは違い、睾丸そのものを取ってしまうので、手術された犬はホルモンの影響を受けなくなります。
本来あるべきものを取ってしまうと、何か悪い影響があるのではないかと心配になるかもしれません。しかし、悪影響はないと言っていいでしょう。逆に、去勢手術による利点はいろいろあります。
多くのオス犬は、高齢になると「前立腺肥大症」を起こします。前立腺は膀胱の後ろのほうにあり、精子をつくる働きに関係しています。年をとると、ホルモンの関係で、その前立腺が大きく(肥大)なります。すると、尿の通る道(尿道)が圧迫され、尿が出にくくなってしまいます。去勢手術をすれば、ホルモンの影響がなくなるので、この病気は起こりにくくなります。「肛門周囲腺腫」もほとんど見られなくなります。これは肛門の周囲に腫瘍ができる病気で、オスのホルモンが関係して起こります。また、「睾丸の腫瘍」「生殖器の伝染病」「かんとん」(包皮がめくれる病気)などのいろいろな病気が、去勢することによって、予防できます。 |
■去勢手術はしつけ代わりにならない |
去勢によって性衝動が抑えられますから、メス犬を求めて脱走を図ったり、ほかのオス犬と喧嘩したりという行動も少なくなるでしょう。医学的に、手術によって犬の性格に変化が与えられることはありませんが、多くの場合、性格は穏和になるようです。ホルモンが体に及ぼす影響が少なくなるから、と考えられます。
しかし、気を付けなければならないことがあります。性的な行動が抑えられ、性格が従順になったように見えても、それだからと言って、しつけをする必要がないということにはなりません。犬と一緒に生活するとき、飼い主の指示に従わせることは、非常に大切なことです。そのためのしつけは、きちんとする必要があります。去勢手術はしつけの代わりにならないということを、忘れないようにしましょう。 |
■避妊手術は卵巣と子宮を取り除くのが一般的 |
メス犬の避妊手術は「卵巣・子宮摘出術」と呼ばれ、その名の通り、卵巣と子宮を取り除く手術です。過去には、まれに卵巣のみ、あるいは子宮のみを取り除く簡単な方法も行われていたようですが、さすがに最近ではほとんど見かけなくなりました。現在では、卵巣と子宮の両方を取り除く方法が常識的です。できれば、手術を受ける前に、「卵巣・子宮摘出術」であることを確認しましょう。
オスの場合と同じように、手術による悪影響はなく、逆にメリットはオスより多く、いろいろあります。まず当然、卵巣や子宮の関係の病気はなくなります。たとえば、「子宮蓄膿症」は子宮に膿がたまり、手遅れになると死亡する怖い病気です。この病気はホルモンに関係しており、発情を繰り返すことによって非常に起こりやすくなります。手術をすれば、子宮自体がなくなり、発情もしませんから、この病気はなくなります。「乳腺腫瘍」も怖い病気です。これは比較的高齢犬に多い病気ですが、生後2年半以内に避妊手術をしている犬は、高齢になってもかかる率が非常に少なくなっています。また、「出産に伴う異常」(難産・帝王切開等)や「想像妊娠」(妊娠していないのにお乳が出たりする)もなくなり、各種の皮膚病にもかかりにくくなります。
なお、メス犬は1度出産させてから避妊手術をしたほうがよいと言われるのを聞いたことがありますが、医学的には出産の前に行うのが常識です。 |
■手術後の食事量に注意して肥満を防ごう |
手術をすると肥満するという話をよく聞きます。たしかに、手術の後に肥満する犬は見られるようです。手術後に肥満する犬が多いのは、カロリーを取る量が多いからです。手術をすると、体が要求する必要なカロリーが減少することと関係がありそうです。
また、次のようなことも考えられます。犬には、食欲・性欲・運動欲の3つの大きな欲求があります。これらのうち、手術によって性欲が抑えられると、2つの欲望が残ります。しかし、運動量を増やすことは、飼い主にとってもなかなか大変です。これに対して、犬が旺盛な食欲を示せば、飼い主は健康の証拠と思って、つい欲しがるだけ与えてしまいます。その結果、肥満するのです。犬が欲しがる量ではなく、規定量を与えていれば、肥満することはありません。 |
■生後6-14週間で手術―常識をやぶった提案 |
去勢・避妊手術を行う時期については、以前よりオス犬の場合は8-10カ月(犬種によって多少差があり、大型犬のほうが遅くなる)、メス犬は4-7カ月が最適と言われてきました。
しかし、最近、アメリカでは、手術の時期についての新しい提案が広く受け入れられるようになっています。その提案とは、なんと性成熟前の生後6-14週間で早くも去勢・避妊手術ができるというものです。まさに、これまでの獣医学の常識を破る画期的な提案と言えるでしょう。この方法は全米の獣医師の間で多くの論争を生みました。しかし、アメリカの一部で本格的に採用されて3-4年たった現在、30万頭以上がこの方法で手術を受けていると言われていますが、驚くべきことに、医学的に副作用などが生じたという例は現段階でまったく報告されていません。
現在、動物の過剰問題に関心を持つ獣医師の多くはこの方法を受け入れています。まだわが国の獣医師の多くは、この方法を知りませんが、今後この方法が急速に普及する可能性があります。 |
■全米で普及が進む早期の去勢・避妊手術 |
この方法の発案者はフロリダに住むドクター・リーバーマンで、20年前にその方法で100例を手術し、何ら問題がないと判断しました。そこで、その後の5年間で1600例(犬と猫の合計)の手術を行い、やはり医学的に問題がなかったので、1989年にアメリカの最先端医療の代表的機関であるエンジェル・メモリアル・アニマル・ホスピタル内のマサチューセッツ動物虐待防止協会(MSPCA)に追試験を依頼しました。
この方法が発案された背景には、ペットの増加問題がありました。すなわち、去勢・避妊手術をしていないペットから、望まれない子どもがたくさん生まれ、安楽死もやむなしという状況があったのです。そうした状況を解決するひとつの有力な手段として、早期の去勢・避妊手術が発案されたわけです。
問題は、たとえアイディアはすばらしくても、副作用などがある場合は、医学的に受け入れることはできません。この方法については、アメリカのいろいろな団体が追試験を行っていますが、これまでのところ副作用は一切認められていません。
現在では、アメリカの獣医学の最高権威である「アメリカ獣医師会」を含め主要な8つの動物関係の団体が、この方法を支持するという声明を出しており、一部に懐疑的な意見を述べる獣医師もいますが、全米で受け入れられつつあります。
早期去勢・避妊手術を支持している団体(アメリカ)
・アメリカ獣医師会(AVMA)
・アメリカ動物病院協会(AAHA)
・アメリカ動物愛護協会(AHA)
・アメリカケンネルクラブ(AKC)
・アメリカ動物虐待防止協会(ASPCA)
・米国ヒューマンソサエティ
・猫愛好家協会(CFA)
・マサチューセッツ州動物虐待防止協会(MSPCA) |
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■手術費用に差が生じるわけを理解しよう |
手術にかかる費用は、動物病院によってかなり違いがあります。手術の方法・手術に使用する麻酔薬や縫合糸の種類・助手や麻酔係の有無・麻酔中のモニター(心電図など)の有無・入院日数などに差があるからです(下記を参照)。
もしモニターや手術室を使用せず、滅菌した手術用ガウンを着用せず、麻酔を注射麻酔にし、縫合糸も安いものを使用すれば、当然全体の費用は安くなります。入院日数は手術後の看護によって違いますが、通常は1-5日の入院を必要とするケースが多いようです。費用の目安は、オスで1-4万円、メスで2-8万円程度でしょう。これらは犬の大きさ(たとえばチワワとセントバーナード)によっても違ってきますし、手術費用に含まれるものが少ないほど、当然安くなるはずです。
「犬・猫の去勢・避妊手術○○円」というように低料金をアピールする広告を見かけることがありますが、「○○円」は手術料と麻酔料のみの料金であり、実際にはその他の料金を別に請求されることもありますので、注意が必要です。また、「あなたの犬は子宮の奇形があった」と言って、特別料金を請求されたという話もあります。
一般に手術費用に含まれるもの
・全身麻酔料(注射麻酔・吸入麻酔等)
・手術技術料
・手術室使用料
・手術用具滅菌料
・麻酔のための手術前の診察料
・血液検査料
・尿検査料
・手術用手袋・マスク・ガウン・帽子・針・縫合糸など手術に使用する用具料
・手術中の動物のモニター(理想的には異なる種類の3種類の方法)
・入院料
・麻酔の管理者の人件費
・術後の痛み止めの薬剤費
⇒当然以上記のことを行なわなければ、費用は発生しません。手術前の診察・血液や尿検査・手術室を使用しなかったり、手術中の動物のモニターもしない場合また、例えば麻酔でも吸入麻酔を使用せず、注射麻酔のみの場合は当然費用は安くなります。また滅菌の手術のため手袋・マスク・手術用ガウン・帽子また縫合糸1つを取っても、それこそピンからキリまでさまざまです。 |
■料金は「全部でいくら」かをあらかじめ聞いておこう |
料金については、全部で(病院の玄関を入ってから出てくるまで)いくらかかるかをあらかじめ聞いておくことが大切です。料金が高くても必ずしも高度で良い医療を行っているとは限りませんが、極端に安い料金で医学の常識に従った医療を行うことはかなりむずかしいかもしれません。とにかく、手術の前に、費用の問題を含め、納得できるまで十分に質問することが重要です。
また、去勢・避妊手術を公衆衛生上の重要な問題であると自覚する動物病院では、これらの手術であまり利益を上げるべきではないとするところが増加しています。特に6-14週目での早期の手術を受け入れている病院は、手術がより早く終わるため、その分料金も安くする傾向があります。通常より20-50%は安いようです。わが国では、まだこの方法は飼い主はもちろん、多くの動物病院も知らないようですが、2-3年もすればかなり普及するでしょう。 |
■去勢・避妊手術の前後に気をつけること |
手術の前に、必要なワクチンを接種していない場合は、接種してもらうのがよいでしょう。できれば、寄生虫がいないかどうかも調べてもらってください。
手術前には、一定時間の絶食と絶水をします。これは麻酔をかけるために必要な措置ですが、最近はすぐれた麻酔薬が開発されているため、その時間が非常に短くなっています。しかし、どのような麻酔薬を使うかは、それぞれの動物病院が選択することですので、絶食と絶水の時間については主治医の指示に従ってください。
手術後、少なくとも3-7日間は、運動を控え目にし、軽く散歩させる程度にしてください。食事については、特に問題がなければ、手術前と同じように与えて構いません。傷口は1日に1度点検し、異常があるようならば、獣医師に連絡しましょう。また、犬が傷口に刺激を与えた場合も、状況を獣医師に連絡してください。元気がなくなったり、退院後2日間以上も食事をしないような場合も、必ず連絡しましょう。 |
■飼い主として責任ある判断をしよう |
去勢・避妊手術を動物の自然な機能を奪うことと受け取り、抵抗を感じたり罪悪感を抱く人がいるかもしれません。しかし、現代の社会では、犬は人間の管理下で生活しています。人間が管理できない犬を増やすことは、不幸な犬を増やすことにほかなりません。
また、犬にはさまざまな遺伝病があります。重い遺伝病を背負って生まれてくる犬も不幸ですし、実際問題として飼い主の介護も大変です。現在では、遺伝病のある犬を交配させないことも常識と言えます。さらに、前述のように、去勢・避妊手術をすることによる医学上のメリットもたくさんあります。
これらのことを考え、責任ある飼い主として愛犬の去勢・手術の判断を行ってください。 |