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Dr. 小宮山の健康相談室

獣医療トラブルを防ぐために
(01年10月「獣医療トラブルを防ぐために」Vol.107掲載 2001/11/27 第1回改訂)

獣医療と人間の医療の違い
生命にかかわる医療ミスは責任も重大
保険のない獣医療費は高く感じられる
医療費の違いには根拠がある
治療方法が違えば料金も違う
費用を抑えるか安全性を選ぶか
医療費の根拠を知ることも大切

トラブルの予防について
信頼できる動物病院を選ぶのが1番
納得できるまで質問をしよう
獣医師にも得意分野と不得意分野がある
飼い主と獣医師が協力して
生命にかかわる医療ミスは責任も重大
人間の医療界で起こる医療トラブルが、マスコミ等と通じてしばしば報道されます。「血液型を間違えて輸血した」「点滴薬を間違えた」「治療薬の量を間違えた」など、医療のプロとしてはあってはならない初歩的なミスから、「患者さんを取り違えて、健康な臓器を摘出してしまった」というような信じられないミスまで、憂慮すべきことですが、医療ミスの話題に事欠かないというのが実状です。このような医療上のミスは、最悪の場合、患者さんを死に至らしめるという、取り返しのつかない結果を招きます。また、たとえ最悪の結果に至らなくても、多くの場合、患者さんの健康に重大な障害を与えてしまいます。

したがって、医療ミスがわかった場合、あるいは医療ミスが疑われる場合、患者さんや家族などがミスを犯した病院や医療関係者を相手取って、損害賠償の訴訟を起こすことも珍しくありません。たとえ賠償を勝ち取っても、奪われた命や損なわれた健康は戻ってきませんが、結果の重大さを考えれば、そうした手段をとろうとするのも当然でしょう。
保険のない獣医療費は高く感じられる
人間の医療の場合、最も重大に扱われる医療トラブルは、やはり命や健康障害に関わる医療ミスでしょう。これに対して、獣医療では医療費に関するトラブルが多いようです。このことに関連して、動物病院の医療費について少し考えてみましょう。この連載でも何度か取り上げてきましたが、大切な問題ですので復習してみましょう。

動物の医療費と言えば、「動物病院は高い」とよく言われるようです。では、このとき何を基準にして「高い」と言っているのでしょうか。おそらく、飼い主の方は頭の中で漠然と「自分や家族が病院に行ったとき」と比較しているのではないでしょうか。しかし、人間と動物の医療費を単純に比較することはできません。治療方法や治療薬が違うという以前に、人間の場合、社会制度としての健康保険制度が完備しています。人間は一定の保険金を掛けることによって、実際に病院で治療を受けたとき、治療費の大半は保険によってカバーされます。たとえば、国民健康保険の加入者の場合、自己負担金は治療費の3割で、7割は保険がカバーします。しかし、動物のための医療保険は一部にはあるとは言え、まだ普及するには至っていません。

飼い主は、たとえば「犬に注射2-3本打ってもらっただけで、5,000円も請求された。動物の医療費は高い」と思うかもしれません。人間は実際の医療費が5,000円の場合でも、個人負担分は1,000-1,500円くらいですみますから、安く感じるのでしょう。人間の医療機関は、保険によってカバーされる分を国に請求して支払ってもらいます(中には不正に水増し請求して、問題になる医師もいますね)。
医療費の違いには根拠がある
動物の医療費は、病院によって差があります。このことが、獣医療トラブルの原因のひとつになっているようです。確かに、医療費をできるだけ安く抑えたいと思うのも当然でしょう。特に昨今のように、不況が長引いている状況では、家計を圧迫する出費を少しでも切り詰めたいと思うでしょう。

しかし、みなさんはどういうもを選ぶときでも「安い」という基準を第1にしているでしょうか。そうではないでしょう。なぜなら、値段の安いものには、それ相応の価値しかないことを知っているからです。たしかに、値段以上の価値のあるものもあれば、逆に値段以下の価値しかないものも一部にはありますが、全体的に見れば、何でもおおむね値段相応の価値があると言えます。つまり、値段の差には理由があるということです。

動物の医療費に差があるのも、ちゃんとした理由があります。決して、より高い医療費を請求する病院が、その分理由もなく儲けているのではありません。もちろん、医療費の差が医療のレベルに完全に比例するわけではありませんが、一般的には、医療費に差が生じる大きな要因は、医療のレベルの違いだと言えるでしょう。
治療方法が違えば料金も違う
まず、同じ病気や負傷でも、治療方法が違えば、医療費に差が生じます。

たとえば、動物が交通事故で脚を骨折した場合でも、治療方法はいくつか考えられます。最も治療費を安く抑えられる治療法は、そのケガの程度にもよりますが、痛みを止めるだけとか、ショックを緩和するだけとか、化膿を止めるだけとか、ただ傷口に消毒液を塗るだけとか、折れた骨を固定するだけの方法です。この治療を受けた場合、骨がくっついた後、動物は歩けるようになり、生活していくことはできますが、脚はいろいろな程度で曲がったままで、破行が残ってしまうかもしれません。

次に、手術をする方法があます。手術をすれば、骨折部分はより正常に戻り、事故前とほとんど同じように生活できるようになるでしょう。当然、前者の場合のように、自然にくっつくのを待つだけの治療法に比べ、費用は高くなります。また、手術にしても、固定方法がいくつかありますし、骨折の程度(単純に2つに折れた場合や、複雑にいくつもの骨が折れた場合など)によっても料金差が生じます。

よその犬が脚を骨折し、手術なしで骨が自然にくっつく方法で治療を受けたとします。これに対して、同じように骨折しても、あなたの犬は手術による治療を受けたとします。この場合、同じ骨折の治療でも、医療費に差が生じるのは当然です。
費用を抑えるか安全性を選ぶか
手術をする場合、動物に麻酔をかけます。このとき一般的には、最も適切な麻酔方法を判定するため、身体検査・血液検査・尿検査・レントゲン検査などを行い、心臓・腎臓・肝臓・膀胱などの状態を調べます。また、交通事故の場合、胸に空気がたまっていたり、膀胱等が破裂していることがありますので、その検査もしたほうがより安全です。当然、それらの検査には費用がかかりますが、もしどうしても費用をかけたくなければ、それらの検査を省略することも可能です。

実際には、重度でない通常の骨折なら、麻酔前の検査を省略しても、だいたい80-90%は問題は起こらないようです。しかし、残りの10-20%は何か起こるリスクがあるわけです。つまり、少々のリスクを覚悟で費用を抑えるか、費用は高くなっても安全性を選ぶかということになります。

この場合も、よその犬は麻酔前の検査を受けずに手術をしたとします。そして、あなたの犬はより安全性を重視して、麻酔前の検査を受けてから手術をしたとします。そうすれば、同じ手術をしたのでも、治療費に差が出るのは当然です。
医療費の根拠を知ることも大切
さらに細かく見れば、医療費に差がつく理由はまだいろいろあります。たとえば、麻酔をかける場合、麻酔薬の種類や方法(注射麻酔・ガス麻酔など)・消毒薬の種類・手術器具の消毒方法や消毒回数・外科用の縫合糸の種類等々により、医療費に大きな差が生じます。

飼い主のみなさんは、同じ病気や負傷の治療でも、以上のように治療方法の違いや検査の有無によって、料金に差がつくのだということをぜひ理解してください。医療費に関するトラブルが発生するのは、請求された金額が不当である場合です。「かなり高い!」と思っても、まずその金額に根拠があるのかどうかを調べる必要があります。

信頼できる動物病院を選ぶのが1番
獣医療トラブルを防ぐには、信頼できる動物病院、信頼できる獣医師を選ぶのが、やはり最も確実な方法ですね。それには、飼い主であるあなたが「よい動物病院・獣医師を見つけよう」という積極的な態度を身に着けることが肝要です。よい動物病院とは、病院側がいろいろな情報を飼い主に提供し、飼い主に選択権を与える病院と言えるでしょう。

獣医師が動物を診察し、病名がわかった場合、通常はいくつかの治療方法が考えられます。たとえば、前述の脚を骨折した場合も、手術をしないで骨を固定する方法と手術をする方法があります。さらに、手術をする場合でも、固定の方法にはいくつかのやり方があります。そこで、これらの可能な治療方法と、それぞれの利点と欠点(たとえば、手術をしない方法は、料金を安く抑えられるが、破行が残ることもある、など)について説明し、飼い主の判断を助け、最終的に飼い主に治療方法の決定権を与える獣医師がよい獣医師と言えます。
納得できるまで質問をしよう
治療方法や診断方法を選ぶのも飼い主であるあなたなら、医療費を決めるのも当然あなたです。ここが重要な点です。料金を一方的に押しつける病院は、よい病院とは言えません。何をどこまで治療するかを決めるのは、あなたなのです。自分の経済状態も考えに入れて、無理のない範囲で、最大限にできることを愛犬のためにしてあげると良いでしょう。

しかし、実際問題としては、飼い主が治療法を決定し、料金を決められるように、情報とアドバイスを与えてくれる獣医師ばかりがいるわけではありません。そこで、飼い主の積極的な態度が必要となるのです。

たとえば、愛犬がある病気にかかったとき、治療方法について獣医師からあまり説明がないままに「手術が必要です」と言われた場合、納得がいかなければ、「できれば切りたくないのですが、ほかに治療法はありませんか」と質問してみればいいでしょう。可能性としては、メスを使わずに、内視鏡を利用する方法や薬で治療する方法も考えられます。手術以外の方法について質問されたとき、獣医師が「内視鏡は利用できないこと」や「薬はあくまでも一時的な処置で、薬で治療を続けても回復には至らないこと」などをわかりやすく説明してくれ、あなたが納得できればいいわけです。

このように、飼い主が治療方法に納得できることが大切なのです。もし、獣医師があなたの質問に快く答えてくれないようなら、ほかの動物病院に変えたほうがいいと言えるでしょう。
獣医師にも得意分野と不得意分野がある
もし自分の手に負えないとわかったら、ほかの病院を紹介してくれるのがよい獣医師です。どんな獣医師にも、得意な分野と不得意な分野があるのが普通です。1人ですべての医療分野に対応できる獣医師はめったにいません。

飼い主の中には、「獣医師はどんな病気でも治せるのが当たり前」と思い込んでいる人も少なくないかもしれません。しかし、人間の医師を見ても、「内科」「小児科」「整形外科」「皮膚科」「耳鼻科」「神経科」等々と、専門化されています。1人で内科も小児科も耳鼻科も、すべての分野を診療できるという医師はいません。もし自分では内科の病気のように思われ、内科の医師に診てもらっても、診察の結果、内科に異常の原因が見当たらず、神経科の病気が疑われるという場合、その医師は神経科の病院に行くことを勧めたり、適切な病院を紹介してくれるでしょう。

獣医師にも、専門に研究を続けている分野とそうでない分野があります。ですから、得意でない分野の病気にかかっている動物を、その分野の得意な病院へ紹介するのが、獣医師としての倫理に則った正しい判断なのです。「自分はこの分野があまり得意ではありません。よい病院を紹介しますから、そちらで診察してもらってください」と獣医師に言われても、「この先生は病気を治せない、下手な先生」と思うのは間違いです。むしろ、得意ではない分野の病気なのに、「どうせ素人にはわからない」と思い、確信のないままに治療を進める獣医師のほうに問題があるのです。
飼い主と獣医師が協力して
動物の病気の治療は、獣医師と飼い主が協力して行うものです。獣医師側も飼い主側も、このことを十分に理解することが大切です。動物の病気の治療には、飼い主の協力が不可欠であることを知っている獣医師は、自分から進んでいろいろな情報を提供し、飼い主の判断を助けるでしょう。飼い主のほうも、自分の役割の大切さを理解していれば、積極的に獣医師から情報を聞き出そうとするでしょう。

これとは逆に、獣医師が「病気を治すのは自分だ」と思い、飼い主に情報を何ら与えようとしなかったり、また、飼い主が治療方法や医療費の根拠について、積極的に情報を得ようとしなければ、そのような態度が、医療トラブルの原因になると言えるでしょう。