■定義 |
「犬の歩き方がどうもおかしい、腰がふらふらしている……」という訴えは比較的よく聞かれます。今回は「体全体がふらふらする」という意味も含めてお話しします。
この「腰がふらつく」という症状を特徴とする病気としては、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバー、ジャーマン・シェパードなどの大型犬に起こる「股関節形成不全」がかなり知られていますね。これは文字通り、股関節が正常に発育しないという骨の病気です。この病気の犬はうまく歩くことができず、「モンローウォーク」といわれるような不自然な腰の振り方をするのが特徴です。また、ジャンプもうまくできません。
「股関節形成不全」は進行性の病気で、多くの犬は生後5〜10カ月頃から症状が現れます。
大型犬は1年半から2年くらいの時間をかけて成犬になり、当然、骨の成長にも同等の時間がかかります。その成長がうまく行かないのですから、骨の成長期間中に症状が出るわけです。
一方、腰や体全体がふらつく病気で小型犬に多いのは「椎間板ヘルニア」と「環軸亜脱臼」があります。これらはいわゆる背骨の一部の異常により、神経が圧迫され、さまざまな症状が現れる病気です。
実は、腰がふらつくという症状が現れる病気では、骨の病気と神経の病気が一番多いのです。もちろん、後述するようにそれ以外にも原因となる病気はありますが、腰がふらつく原因は通常、骨の病気、神経の病気、それ以外の病気(稀ですが中毒性、心臓、内分泌の病気など)の3つに分けて考えられます。
獣医師はまず、腰がふらつく原因が、これら3つのうちのいずれであるかを鑑別することから診察を始めます。 特に、原因が神経であるかそうでないかについては、飼い主にも鑑別できる方法があります。後ほど紹介しますので、覚えておきましょう。
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■原因 |
前述のように、腰がふらつく、歩き方がおかしいという状態の原因は大きく3つに分けられますが、より細かく分けると、以下のようになります。 |
変性性疾患 |
原因として最も多いのはこの病気です。これは骨の異常が原因で、神経が圧迫される病気で、代表的なものが椎間板ヘルニアです。 |
奇形性疾患 |
これは先天的な骨の異常がある病気で、骨が多かったり少なかったり、あるいは変形していたりすることがあります。 |
腫瘍性疾患 |
高齢犬によく見られますが、神経の近くに腫瘍ができて、神経を圧迫するために、歩行に障害が起こります。高齢になるといろいろな場所の腫瘍が増えるので、高齢犬に特に多く見られます。 |
栄養性疾患 |
栄養障害によって起こり、成長期の若い大型犬に見られます。市販のフードを月齢や体重に合わせて適量を食べさせていれば、この障害は起こるリスクは減少します。 |
炎症性疾患 |
ウイルス性や細菌性、稀にはカビを原因として起こる病気の後遺症として、歩行障害が見られるケースです。代表的なものでは、ウイルス性のジステンパーの後遺症があります。 |
外傷性疾患 |
交通事故などで外傷を負い、脊椎の損傷、骨折、脱臼などを起こし、神経が圧迫されるものです。 |
血管性疾患 |
敗血症、その他の原因で、血管が塞がってしまい、歩行に影響が及ぶケースです。 |
中毒性疾患 |
鉛(古いペンキに含まれている)や有機リン(ノミ取り用の首輪やシャンプーに含まれている)中毒などが稀に見られます。抗生物資の毒性によって起こることもあります。 |
免疫性疾患 |
稀ですが、重症筋無力症がこれに当たります。化学製品が原因となることもあります。 |
代謝性疾患 |
低血糖、電解質障害(カリウムやカルシウムなどの値が異常になる)などがあります。 |
獣医師はこれらの可能性を考え、腰がふらつく原因を突き止めます。 |
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■必要な検査 |
まず、腰がふらつく原因が神経の病気なのか、それ以外の病気なのかを鑑別することが非常に重要です。飼い主にもできる鑑別方法を紹介しますので、参考にしてください(イラスト参照)。
これは専門用語で「固有位置感覚テスト」と呼ばれる方法です。 神経の病気であることが分かれば、脳脊髄液を採取したりして、分析する必要があることもあります。
骨の病気かどうかを調べる場合は、まずレントゲン検査を行います。 その他、通常は血液検査、尿検査、便検査などを行います。状態によっては、CT(コンピューター断層撮影法)やMRI(磁気共鳴画像)が必要になることもあります。
また、稀に心臓の病気が原因で腰がふらつくことがあります。この場合は、心電図や超音波検査が必要になることもあるでしょう。
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■固有位置感覚テスト
神経の病気かどうか判別する方法は、以下の手順で行います。
@犬を立たせる
A後ろ脚の先を内側に折る(肉球が上を向くようにする)
B数秒以内に、元に戻るかどうかを見る
<判別>
・もとの状態に戻れば、正常
・もとの状態に戻らなければ、神経に異常がある可能性あり。すぐに、動物病院へ連れて行きましょう。
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■病院での処置 |
椎間板ヘルニアの最も良い治療法は、まず手術を行い、その後いろいろな内科療法を組み合わせて行うことでしょう。手術と内科療法とではどちらが良いのか問われることがありますが、安全に手術ができるなら手術をして、その上で内科療法を行うのが望ましいといえます。
内科療法には、鍼灸などの東洋医学の方法も含まれます。最近ではレーザーなどで痛みをとる方法も普及しつつあります。これらの方法も、十分に説明を聞いて、積極的に利用するとよいでしょう。状態によっては、手術をしなくても、この方法で治ることもあります。細菌性の病気の場合、抗生物質を使用することが多いでしょう。
腫瘍の治療は、手術を行ったり、抗ガン剤を使用します。大切なのは、愛犬のケースではどのような治療法があるのかを知り、獣医師とよく相談して、ベストと思われる方法を選ぶことです。手術に習熟している獣医師は手術を強く進め、そうでない獣医師は内科療法を強力に進める傾向がありますので、よく説明を聞くことが重要です。 |
■家庭での処置 |
足元がふらふらしているときは、通常痛みを伴っています。滑ったり転んだりしないように、またもし転んでも安全なように、環境を整えることが大切です。もちろん、危険な場所へ連れて行くことは控えましょう。滑りにくい状況にするには、犬が生活する環境に絨毯などを敷くのも良いでしょう。そうすれば、たとえ転びそうになっても、足を踏ん張って転ぶのを防ぐこともできます。
また、腰のふらつく期間がある程度長く続くと、後肢の筋肉が減少することがあります。このような場合、リハビリが必要になるかもしれません。リハビリの方法はいくつかありますが、比較的簡単な方法は、犬を仰向けにして、後脚を持ち、上下に屈伸することです。犬が嫌がらなければ、一度に両脚を屈伸します。無理なら片方ずつで構いません。無理をすると、翌日まで痛みが残ります。
最も有効な方法は泳がせることです。泳ぐことによって、比較的自然に筋肉を使いますから、すぐれたリハビリになります。ただし、小型犬ならお風呂に入れれば良いのですが、大型犬は無理かもしれません。もし犬が自分から足を使わない場合、犬のお腹に細長いタオルを巻いて、飼い主が吊すことによって上体を支え、歩かせます。
とにかく、一度落ちた筋肉を回復することは難しいので、筋肉が落ちないように脚を使わせることが必要です。 重症の場合は、排便排尿が困難になることがあります。獣医師と相談し、適切な医学的処置をすることが大切です。 後肢のふらついている犬は、排便排尿をしずらくなったり、不規則になったりすることがあります。このような場合、飼い主が時間を見計らって、トイレに連れて行くことも必要でしょう。もちろん、トイレを清潔にしておくことも非常に大切です。 |
■日常生活での注意点 |
外傷性の場合は、事故によるものが多いので、危険を避けられるように、飼い主の指示を守るしつけをきちんとしておくことが重要となります。治療を嫌がらない犬にするためにも、しつけが大切でしょう。
また、毒物中毒の後遺症で脚腰がふらつくこともありますから、それを避けるために、拾い食いをしないようにしつける必要があります。
椎間板ヘルニアなどの変性性の病気は、特にかかりやすい犬種があります。最初に犬種を選んだとき、その犬種に特発的な病気について十分に調べておくことをお勧めします。
私の病院のホームページに、51種類の犬種の特発的な病気の解説をしてあります。ホームページの「犬種別病気マニュアル」の項目を参照し、予防や早期発見のため役立ててください。 |
■椎間板ヘルニアとは? |
椎間板ヘルニアはダックスフンド、ペキニーズ、シー・ズー、ビーグルなどの小型犬に多い病気です。 犬の背骨は、「椎体」と呼ばれる35個の骨が脊髄を囲む形でできています。この椎体と椎体の間には、「髄核」と呼ばれるものがあり、椎体同士が直接ぶつからないようにクッション役を果たしています。
椎間板ヘルニアは、椎体自身が変形したり、髄核が脊髄のほうに突き出すことによって、脊髄の神経が圧迫され、さまざまな神経障害を起こす病気です。それらの障害の一つとして、腰のふらつきが起こります。重症になると排便排尿の困難を引き起こしますから、できるだけ早期に手術などの治療を行うことが大切です。 |
■股関節形成不全とは? |
股関節形成不全は文字通り、股関節の形成が正常に行われないため、いろいろな症状が現れる病気です。股関節は「寛骨臼」といわれるくぼんだ部分と「大腿骨頭」といわれる突起した部分がうまく組み合って、正常に機能します。
ところが、股関節形成不全ではこれらの発育がうまくいかず、「寛骨臼」のくぼみが浅かったり、大腿骨頭が正常な形にならないため、股関節が脱臼を起こすなど、うまく結合しないという状態になります。このため、歩くときは行や腰のふらつきが起こり、状態によっては強い痛みを伴います。
この病気は遺伝性の病気ですから、予防は、遺伝の可能性のある犬の繁殖を控えることしかありません。
もしこの病気にかかっていることが分かったら、適切な時期に手術をすれば、症状はかなり改善されるでしょう。手術方法はいろいろあり、優秀な方法も開発されています。ですから、その犬の状態(体重なども考慮する)に合わせた手術法を選ぶことができます。
症状が軽い場合は、内科療法のみで症状がほとんどなくなることもあります。特に最近は、副作用の少ない鎮痛剤の出現によって、治療効果が非常に高くなっています。しかし、遺伝的素因を背負っているわけですから、その犬の子どもをつくるのをやめるべきでしょう。 |